神奈川県藤沢市城南 東海道線沿線のカウンセリングルーム。辻堂駅より国道一号線方面へ徒歩12分。10:30~21:00、年中無休。


記事のアーカイブ

2021年07月30日 20:04

もう一つの・・・・・プロ。

オリンピックは当然様々なスポーツのプロ選手も参加していて、テレビで観させてもらっているとそういったプロ選手たちが勝ちあがれば勝ちあがるほど、頼もしさや力強さや信頼を感じるし、もう国は関係なく尊敬しか抱かない、インタビューのたびにその顔貌は「プロだから結果をだして当たり前」というコンテクストに毅然と覆われているかのように感じてしまう。この文脈を希釈してゆけば会社員だってフリーランスだって、それを生業としてお金を稼いでいるのだとしたら、これも一つのプロであると当然言えてしまう。会社員、フリーランス、それでお金を稼いでいるのだから結果を出して当たり前、プライドを持って仕事wpして当たり前、スキルアッ

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2021年07月29日 09:49

自分の為に?

今行われている大きなイベント、オリンピック、テレビでも放映されている。有識者の訳知り顔のコメントに大きな違和感を感じます「自分の為に頑張って欲しいです」・・・・・・・・・人は、そうそう自分の為にという動機で限界以上まで頑張れるものではない。やはり、スポーツに限らずどんな事でもそうでしょうけれど、自分以外の何かを設定しなくては極限まで頑張る事など出来ないと思います、家族であったり応援してくている人達であったり、時には今は亡き人であったり・・・・・・・・・要は平たく言ってしまえば、愛する人という事ですが。では、自分だけを愛している人についてはという問題が浮上してきますが、ここでは文脈が違ってきてし

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2021年07月28日 19:32

宝石箱

想いを伝えようとしてもそれは、なかなか言葉で言い表しきれるものではないし、逆に言葉に限りを尽くせば尽くすほど、その真摯な言葉の数々は陳腐で覆われてしまう、という真実。想いというのは文字通り感情に基づくものなのだから、それを理性を駆使して言語で言い表そうとする所に、そもそも無理がるのでしょう。言葉ではなく態度で示し続けるしかないのだと思います、示し続ける、この示し続けるというのがポイントで、態度というのは瞬間的に伝わるものではない、たった一回の態度で信頼を得られるなどという簡単なものではないのでしょう、一切即効性はないですね。想いというのは自分の意識の管轄外に存在している、それは多分、永遠に抑圧

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2021年07月22日 17:06

膨張

コロナ以降、それまで蠢いていた多くの事実が露呈し始めている。コロナ以前にも声をあげている有識者というのは沢山いたのだけれど、それは一般の人達の枠外での出来事、有識者の言葉を聞く多くの人はそれほど自分に降りかかる事ではなかったから、あまり現実味という部分では仕方がない事。硬度経済成長とか叫ばれた時分に行われた希望に満ちた、ナルシシズムを満たしてくれたオリンピックから50年以上が経ったのですね。その50年以上の間に様々な構造が構築され、そして密閉され、今、蓋を開けてみたらその中身は現代にはフィットせず、あまり良いものではなくなっている。構造≠システム・・・・・・・頭に浮かび続けているコロナ以降。密

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2021年07月17日 12:23

快楽の活用

聞きたいことがあり携帯ショップに立ち寄り、若い店員さんに愛想を振りまきながら話しているうちに「まずはこのタブレットに情報を入力してください」と言われ「ああそうですね、ハイハイ」とカウンターの一角で住所や名前や携帯番号やその他の情報を入力それは、もしかしたらというか確実に、傍からみたら慣れない情報端末と格闘している昭和のオッサンという心象。後から聞いた話によると「あんなの2~3分で入力できるべよ」という事らしいのですが、僕の場合は15分が経過した頃でしょうか、店員さんから「だ、、、、大丈夫ですか、なにか分からないとこありますか?」と僕が傷つかないように注意深く母性的に声をかけて頂き、その瞬間から

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2021年07月11日 18:49

売り言葉に買い言葉

話すという行為は勿論、相手があっての事なのだから、自分が話しているというよりは「自分は自分の外部から自分の内部に向かって到来し続ける刺激に喋らされている」と言った方がいいし、それこそが自然なのだと思います、そうではないしゃべり方というのは独語でしかないそして、独り言をぶつぶつとつぶやき続けている人。ただ、環境に喋らされる自分、それは自分の本心なのか、その相手を傷つけた言葉というのは心の中で常々自分が思っていた事なのか、そうではなく言葉の綾であったり売り言葉に買い言葉的な類のものだったのか。売り言葉に買い言葉、大人になって、社会生活を送る中で、普通は常識的コミュニケーションに徹する大人、売り言葉

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2021年07月09日 19:52

ディスコード

ヒンヤリとした高湿度の森林、うるさい、かなりうるさいです、全力でけたたましく鳴き続ける、というより完全にテンパっているウグイス、現生に誕生したての今この瞬間を謳歌するミンミンゼミ、大気中を涼し気に彩るホトトギス。出来るなら僕としてはホトトギスの清涼だけに耳を傾けていたのですが、そこに思いっ切りかぶせてくるウグイスやミンミンゼミという、究極的ディスコード。

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2021年07月08日 09:51

断末魔

スーパーをぶらついているとつい、鮮魚売り場で足止めされてしまうそして、目が釘付けになってしまう。刺身の盛り合わせが美味しそうとか、脂ののった大トロがキラキラしているとか、そんな事ではなく、ただ海から釣り上げたままの丸ごと一尾の、それぞれの魚、魚類。これは食べものなのか、包丁で解体する勇気、そもそも解体するという事はその死んだ魚に自分の手を添えなくてはならない、そしうてその目の前の個体は深海から引き上げられたのか、大きく口をあけ目を見開き、無情と無念の断末魔を死後の今でも絶叫し続けているようにしか見えない。様々な種類のそれらに値段が付けられて陳列されているある意味、僕にとっての恐怖。普通はこのよ

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2021年07月02日 19:40

ゴジラなのか コングなのか

CMでゴジラ対コングという映画の予告をやっていて「おっ」と魅入ってしまいました。コングがゴジラの顔面を殴るシーン、ついついコング頑張れとか思ってしまう。何故無意識にコングを応援してしまうのかこれは、感情移入、共感、同一化、そういう類が原因なのでしょうが、僕らは自分に似ているものに対して感情移入するという自然な流れ。ゴジラとコング、どちらがより人間に近いかといえば勿論、巨大化した類人猿を思わせるコング。殴り方もかなりカッコよくて、昔あった日本映画のクローズのような殴り方、殴られたゴジラはぐいっと顔が横を向く、このヤンキー的な映像にも親近感を感じてしまいます。ゴジラがコングと戦うのではなく、モスラ

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2021年06月27日 20:16

こうだったらいいな

飛脚の時代、電報の時代、裕福な家庭に電話機が引かれた時代、電話機が各家庭に行き渡った時代、電話機を肩から背負って得意げだった時代から自動車電話の時代、ポケットベルからPHSそして携帯電話を通過して情報端末を一人一人が持ち歩く時代・・・・・・・・・・・より小型化され身体活動の邪魔にならにならないように装着する時代、もっと小さくなって埋め込む時代、埋め込んだ瞬間に誰もが昔で言う超能力を獲得するのか。人が創造したことは実現する、それはもちろん科学によって実現させる、昔、人がSF的に空想したファンタジー「こうだったらすごいな」の多くは現実になる、企業活動の基本。科学によってなんでも生み出せる、想像は創

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