記事のアーカイブ
2018年07月26日 10:24
どんなに不条理に晒されても、理不尽を差し向けられても、何を反論する訳でもなく、キレる訳でもなく、ただ泰然としている、その場から決して逃げ出すことなく、というタイプの方に僕は初めて出会いました。ストレス耐性の高さなのか、解離するという防衛方法ではなく、感情を鈍麻させるという防衛方法でもなく、これも一つの鋼のメンタル。どんなネガティブを差し向けられても、居心地の悪さを感じても、その場から逃走する事はせずに、黙々と、常に正直に自分のやるべき事をやる。ある程度の長い時間そうしているうちに、周囲の人の見方が変わってきたり、理不尽の元凶が根負けしたり、徐々に評価が変わってくる瞬間がやってくる、それは、勝ち
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2018年07月24日 10:26
僕は勿論のこと、コアなファンが存在する「この人は日本一歌が上手い」と思っている人からJessica Simpson の Sweet Kisses...
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2018年07月20日 11:53
「何の為に生きるのか」などと言う「生きる意味」みたいなものは、本来なんの意味も持たずにただ生まれてきた、多少露悪的言えば生まれてきてしまった、それも奇跡的にと言う事なのでしょうから「何の為」という本来的な意味はない。ああそう、名前、自分が生まれてきた時、家族の中心にもし自分が置かれたのだとしたら、その家族の語らいの布置にて眼差され「こういう人間になって欲しい」との想いから命名されたのだとしたら、もしその名を家族の想いと共に背負い続ける事を快諾するのであれば、それは一つの、その人の生きる意味になるのかもしれません。ただそれは、ある意味ひとつの規定でしかない訳で、自分に関していえば、勿論その名前で
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2018年07月19日 10:11
郷愁に満ちた薄紅色の透過の中に満ち溢れるヒグラシの奏に呼び起される鏡の季節。今となってはそれが現実に自分の身に起きた事だったのかどうか定かではない、手繰り寄せる事すらままならない記憶とは言えないような淡い観念の、そっと掌で包み込まない事には全てが無かった事として消滅しかねないような危うさに焦燥を抱き耐え続けながら。あの時、自分となったものは、今どこに居るのだろうか。あの時想いを馳せたかもしれない場所に、自分は今近づく事が出来ているのだろうか。標の無い、道とはとても言えないような浮遊、誰に出会う事もない漂い流れゆく雲の狭間を、なんの頼りも持たないままに、ただ自分は流浪しているだけなのか、彷徨い続
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2018年07月17日 10:31
「誤作動上等」などという想いすら衝動的に湧き上がってくる、という。学生時代は教育によって、社会に出てからは上司や先輩社員からの有り難いお言葉やマニュアルによって、そして何より社会全体に蔓延しているかのように感じてしまう空気によって、これは世間体とか過去の価値観という意味においての常識によって。自分の中に入力された考え方、それは多くの人が共有させられている考え方によって自分が行動する、そこにみんなと一緒である安心感とか、それこそが自分らしいという確信を見出すことが出来る人はそれでいいのでしょうけれど、そうではなく窮屈さや絡めとられている感覚や規定されている感覚、焦燥や苛立ちを感じるのだとしたら、
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2018年07月13日 11:13
JICOO、ジクーという名前の香水を頂きました。飴、あれはイチゴミルク、そのイチゴミルクを口に放り込み、花屋さんの店内の奥まで入っていった時の匂い、ただ、香りがどうこう言う以前にジクーというネーミングの絶妙さ。JICOO,ジクー、そのシニフィアンからなにを思い浮かべるか、時空という近未来的スタイリッシュ、時間軸のゆらぎ、静謐さ、墨汁の匂い、禅、炭、問答、知、中世ヨーロッパ、ナイトの称号、凛とした、ジャポニズム、日本書紀、重要書簡、切り取られた完璧なパサージュを掌で捻じ曲げる感覚、これは時間軸の歪み的なイメージなのかもしれませんが、パサージュを捻じ曲げるというのはポップアートにも接続しそうな。絶
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2018年07月11日 17:28
ラカンの言った四つの語らいのうちの一つ、主人と奴隷の語らいは変遷する時代背景の中で理想的に進化を遂げているようにも思え、たぶんそう、こういうのはアニメが非常に分かりやすいのだと思うのですが。出生に基づく諦めもしくは自明の中での力関係、一応は契約ではあったのでしょうけれど、そこに相互リスペクトは介在していたのか、実際に見た訳ではないのでなんとも言えませんけれど。主人と奴隷の語らいは時代背景の中でアニメを通じて、マスターとサーバントの語らいへと進展しているかのよう、それは勿論契約なのでしょうけれど、相互のリスペクトを読み取る事が出来るすがすがしさ。ちょっとダメダメなマスター、葛藤し時に本気で立ち向
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2018年07月09日 12:02
文化的、じゃないな、よく分かりません、余った時間をこれは・・・・・・余った時間を生存以外の事に費やす事、豊かさとかそんなことなのか、どうなのか。常に外敵から逃れて、それは肉食動物からとか、身の安全や生き延びる為の食料を確保する事に必死だった時代というのが、もし人間にあったのだとしたら、その時代は豊かさなどという概念は存在しようがなかったようにも思え、常にドーパミンをアドレナリンやノルアドレナリンに変換し続け、緊張感の中で自己の生存にだけ必死だった時期・・・・・なんだそれ、そんなのあったのかとかも思わなくもないですけれど、ただ武器や道具がなければ人間なんか自然界の中では弱さで考えたら下から数えた
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2018年07月05日 10:24
戒め的な事、生き方について、真理について・・・・・・アフォリズム、これは永遠の真理なのか、もしそうだとしたら唯一の正解というのが存在する、という事にもなってしまうようにも思えます。ただ、格言というのはポエムに親和性がない事もない、だからナルシシズムに基づいているように感じる事もある。 変わり続ける時代の一点において、その人の実感から生み出された格言、時代は変化している、それも加速し続けながら変化している。だからそう、もし使いたいものがあるのであれば使えばいいのでしょうけれど、格言を手にして過去ににタイムスリップする事に、もしくは過去の価値観にタイムスリップする事に何の意味があるのか。
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2018年07月03日 10:21
強いものに手を貸したくなるのは何故なのか、支えたくなるのは、理解したくなるのは、守りたくなるのは、何故なのか。それはたぶん、強く在ろうと頑張っているというか、耐えているから、強い自分であろうと常に一人で耐え続けているから、何事もないような顔をしながら。外傷を打ち消し続ける、不安や恐怖を打ち消し続ける、こうあるべき自分、プライド、自分と戦い続ける、その為の効果的手段の一つに、意思を明確にし自己を保ち、強く在ろうとするという方法がある。弱みは見せずに、泣き事は言わずに、傍からは何の迷いもなく行動しているように見えるその裏側で、孤独の中において常に不安と戦っているからこそ、理解したくなるのでしょうし
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