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「かわいい」の二種そして「第三のかわいい」の出現

2019年08月06日 10:19

社会の成熟そしてサブカルチャーの進展に呼応するように「かわいい」は射程を広げ続けている、多くのものが「かわいい」と表現される。
この「かわいい」は元をたどれば二種類に集約される、一つは乳幼児~幼児そしてイヌやネコという小動物、庇護のもとに置き所有したくなるもの、これらが、特に乳幼児の身体的アンバランスは現在の二次元や二頭身三頭身キャラやご当地ゆるキャラにも発展した。
そしてもう一つは、男性が女性に向ける感情としての「かわいい」という褒め言葉、フェミニズム以前、もしかしたらそれは男尊女卑の時代、その頃、その言葉を発する男性、かわいいの条件は何だったのか。
最大の条件は身体性、要は性的身体に対する褒め言葉という性的欲望の表れとしてだけの言葉、ここではその性的身体を男性が所有したいという所有欲・・・・・・知は「かわいい」の条件からは除外されていたというよりは、逆に男性側からしてみたら知的女性を敬遠する態度、それは自分より知的な存在に対するコンプレクス、自分が恥をかく予感、これはプライドが許さないしなにより威張れないから所有欲を満たせない。
この流れは今でも機能しているけれど、そして機能している事実にウンザリする格好でカウンターとしてもっと高次の「かわいい」が生成された、その「かわいい」は「大人かわいい」という新たな概念。
ただこれは多くの人が考え違いをしているように思え・・・・・・・ただ身体的魅力を衰えさせないように努力するこれでは、昔の、フェミニズム以前に男性から投げかけられていた「かわいい」と何ら変わりがない、そこでは相変わらず知は除外されている、見せかけの知は勿論定型として追加されていますが、本当の意味での成熟が度外視されている。
では成熟社会での「かわいい」とは・・・・・・・知と情緒が高次でバランスされている事、知が除外されてしまうとどうしても過去の遺物的身体的所有欲にしかならないのですから。
そういった所有欲から自らを防衛する為にも知というのは必要なのかもしれない、そしてもう一つの条件である情緒、この、情緒を適切に表現する事というのはかなり難しい、自分に正直でなくてはいけないし自分を嫌いではいけないし、自分にある程度は適切な自信がないとなかなか上手く情緒を表明する事が出来ない。
知的そして情緒的であるものに向ける感情、それは所有欲ではなく関係を築きたいという想い、そこにはリスペクトが介在している。
知的な存在が情緒を表明する、それを目の当たりにしたものがもし、自分も知的な存在であると思っていたのだとしたら、その知的で情緒的なものを優しく包み込んで安心させたいとか、守りたいとか、なにかそんなような衝動に駆られるしかない。
まあとにかく、元をたどれば二種の「かわいい」これは正常に進化し続けてきている、一つは対象aとして、もう一つはアンドロギュノスとして。
アンドロギュノスのその先でオートポイエーシスのカップリングが起こり、それがいつの間にか境界を取り払って理想的な一つのシステムとして機能する、これが多分「愛」と言われるものの理想形なのでしょう。


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