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神奈川県藤沢市城南 東海道線沿線のカウンセリングルーム。辻堂駅より国道一号線方面へ徒歩12分。10:30~21:00、年中無休。
なにを確認しようとしているのか
2019年01月06日 10:49歯磨き粉とバナナとシロップを混ぜればガラムの味が再現できるのではないかと思い、自作用のベイプリキッドを買いあさり色々と調合してみたのですけれど、なかなかうまくはゆかない、というか歯磨き粉味のリキッドなんかないし、だからちょっと癖のある清涼剤で代替え、本当はガラムにはクローブが大量に練り込まれている訳ですから、単純にクローブの自作リキッドで何とかなるかと思いはしたものの、これは全くどうにもならなかった、ただの強いクセでしかなかった、まあクローブはアロマや薬膳等でも重宝されているし、慣れれば単体でもそう悪くはない、だからこれはこれで薬と思って吸引し続けるつもりですけれど。
よく身近な人から「タバコやめろ」とか言われると「タバコなんか吸ってない、吸ってるのはクローブだ、これには沢山の効能があって・・・・・・」とか反論していたのですけれど、ベイプのクリアなミストに慣れるにつれて、タバコ、例えそれがガラムだとしても、あのタールのイガイガ感がちょっと嫌になってきつつある。
朝一起き掛け、ベイプ以前は問答無用でなのか、無意識的になのか、まあこれはいつの間にかルーティンとかした動作のもと、ガラムを一本取りだして火をつけ、吸っているというよりは香りを、だから燻らしていた訳で。
ルーティンは変涸可能なのか、上書き可能なのか、そんな事を思い最初は訓練、心身にしみ込ませなくてはいけないのかもしれないですけど。
今の流れは朝ズルズルと起き出してタバコに火をつけるのではなく、MODにねじ込んだRDAのキャップをおもむろに、パコッと外し、コットンにその時の気分のニコチン入り自作リキッドをジワッとしみこませ、4~5回深呼吸をするように嗜む、まあこれはガラムのような煙たさは一切あるはずもなく、ただただ瑞々しい美味しさが広がるだけ。
朝はそれでいいとして、ただそんな中でも一日に1~2度、どうしてもまだガラムを吸いたくなる、勿論なんの我慢もしないでそういう時はその欲望に忠実に従っていますが、それは勿論、そのガラムという時間は高揚感はある、しかしそれが美味しいのかというと、決してただ美味しいだけではない、正直イガるし煙い、ではなんの高揚なのか、これは間違いなく、自傷としての高揚。
そうですね確かに、思いたくはないですけれど、タバコの害というのはいくら否定しようと思っても科学的には証明済みな訳ですから、自分の体にとって有害なものを何故取り込もうとするのかと考えるとそれは、自分を傷つける為、という理屈に行きついてしまう。
傷つける事によって何を確認しようとしているのか、自傷によって何を確認しようとしているのか・・・・・・・それでも自分は生きている、そんな攻撃は自分には無効であるという事を倒錯の中で、僕の場合は確認しようとしている、のかもしれないですね。
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