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今を生きる

2017年07月09日 08:48

「今を生きる」と宣言する時の、その「今」というのは、いつの事なのか、いつが今なのか、今というのはどこにあるのか。
「はいっ、今」と言った直後に、その時指し示された今というのもは過去になっている。
だから、今というものは「点」としては捉えようがない、今というのは流れてゆく時間でしかない、今を実感しようとした時、その流れてゆく時間の中に、自らを没入させるしかない。
その時自分は時間の流れの中に内在しているのだから、時間の流れを把握する事が出来ない、時間の流れを把握するには、その流れている時間を、流れの外から観察するしかない。
今を生きるというのは、我を忘れて、夢中になって、時間感覚すら喪失した中で・・・・・・とか考えた時に、あまりにも無防備、今だけを生き続ける事の危険性、的な事に想いが及ぶこともあります。
時間の流れの中に自らを投げ込んで夢中で楽しむ事、流れの外に出て自らを定点とし、客観視や内省をする事、多分大切なのはバランスなのでしょうね。
これは誰もが自然にやっている事ですね、友人や恋人と時間の過ぎるのを忘れるくらい夢中で楽しんで(今を生きて)、そのあと家に帰ってきて一人でその時の事を考える、色々な想いも湧き上がってきますね、これも一つの典型的な流れの中と流れの外の定点なのかな。
でも流れの中で自らを安定させて、自分なりの座標や方向感覚を失わないように努めれば、流れに没入し今を生きながら客観的視点を、流れの中での自らを定点とする事が出来れば、可能なのかな・・・・・・とかめんどくさい事も多少は思わないでもないですけど、そうだっ、めんどくさい話なのでやめておきます。


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