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分かりやすい言葉
2017年03月30日 09:17分かりやすい言葉で話す、それは結果的にその言葉を聞く者から思考の自由を奪うという行為になってしまうのか?それとも何らかの戦略に基づいてなされているのか? という認識にならざるを得ない場合もある。
なぜ分かりやすい言葉で話すのか、それは自分の発言に対して、相手の理解を求める為であり自分の正当性を主張する為でもあり、共感や賛同や承認を得る為・・・・・と言うのは上っ面の解釈であって、本当は相手を規定し思い込ませ操作する為、そうですね、まあ、これは極北においての話という事です。
もっともらしく分かりやすい話を聞かされた時、その話に感化されて自分の意識が相手の意図する方向に吸い寄せられる、語りかけられた言葉に陽性の感情と共に囚われる・・・・・・・これはよくある事。
分かりやすいシンプルな言葉を聞くより、自身の思考を活性化させるような、様々な解釈の余地のある言葉・・・・・・結果的に身になるのはあまりにも単純すぎる事のない、そして感動や感心し過ぎる事のない、自分の状況に当てはめた時、様々に解釈の余地のある言葉である、というのもよくある事なのだと思います。
分かりやすく話す・・・・シンプルな言葉・・・・相手を感化する言葉・・・・ある種の感動を生む言葉・・・・侵入し操作、規定する為の言葉・・・・プチ洗脳。
そしてまた別の文脈においては、分かりやすい言葉とは消費され続ける言葉でもありますね、それに対して自分なりの解釈の余地のある言葉というのは、経験と共に自分なりの解釈が変わる、長く付きあえる言葉。
時代が求めているのは、そして決して少なくない数の人が求めているのは、間違いなく分かりやすい言葉の方ですよね、消費社会な訳ですし、それは言葉を取り巻く事情も同じ事、言葉を消費する、少なくない数の人は分かりやすい言葉をとっかえひっかえ消費しながら、飽きたら捨て去り、忘れ去りながら生きているのだと思いますし、たぶんそれは時代と共に生きやすいという事なのだと思います、次々と生み出され提示され続ける多くの言葉に効果的に対応する優れた工夫なのだと思います・・・・・それは、求めるからこそ生み出されるのでしょうが、逆に言えば求められている言葉しか生み出されない。
分かりやすい言葉をためらいなく手に取って消費する事が出来る少なくない数の人、逆に自分なりの精査が欠かせない少数の人、どちらのタイプの人もいらっしゃいますね。
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