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神奈川県藤沢市城南 東海道線沿線のカウンセリングルーム。辻堂駅より国道一号線方面へ徒歩12分。10:30~21:00、年中無休。
生命活動 言語活動
2016年04月09日 21:09森林公園とか川沿いの緑地帯とか○○城跡とか、暖かくなってきて花や小鳥もよく見かけるようになってきたからでしょうか。
双眼鏡や望遠鏡、高性能デジカメ等で花や小鳥を観察していらっしゃる方々をよくお見かけします、小鳥のさえずりを録音されている方とかも時々。
春になって、人の目にも実感できるようになった自然界の生命活動を観察して、気持ちが和んだり、感動したり、優しくなれたり。
「ほら、見て見て、少し咲き始めてるよ」「ほんと、なんか色がかわいい」「あっ、あの鳥ハネのとこきれい」「なるほど、ああやって餌探すのか」
・・・・自然界の生命活動を観察する人間は、なに活動をしてるのかな?
なんてね、思いました。
純粋な生命活動を営んでいるのは人間以外の生き物だけで、それを観察している人間は、言語活動をしているのかなと。
観察は、言語によって思考する事によってなされるのですしね。
人間は言語を用いて自分が生きている事を確認し続けるーーー人間の生命活動は言語活動に依拠しているーーー生きているという事を確認するには思考しなくてはいけないーーー頑張って頑張って思考しようとしている人は頑張って生きようとしている人、まあ、バランスも大切ですね。
思考して、言葉を発し合って、互いに確認し合って・・・・これって社会的な生命活動なんでしょうね、社会的に生き延びることを賭けて、社会の一員として認めてもらい続ける為の。
人間は言語が邪魔して純粋な生命活動は営めないのでしょうね。
生きてるからしゃべれるんでしょうがっ、という見方のもっと先に、その、生きているという事を確認するのも、言葉(思考や考えや意識)によってなのかな、なんて事を。
なんかすっごい訳の分からない、どうでもいい事を書いてしまいました、そして久しぶりに思いっ切り話が逸れました。
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