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終焉ののちに唯一残るもの

2018年03月15日 10:05

おひとりさま、永代供養墓、墓友、グループホーム、シェアハウス・・・・・・・等々、これらは家族システムの崩壊を予感、させはしないのでしょうけれど、なにか兆候のようなものは感覚する事が出来なくもないようにも思えてしまう、まあ今のところはそんな事ないのでしょうけれど、万が一の未来、その未来において家族システムが終焉していたとしたら、医学科学の進歩を思えばSF的想像はいくらでもできますし、未来の社会は何を管理するのか、科学は人間の何を管理するのか。
未来、家族というシステムが存在していない環境に生まれる、社会に生まれる、今とは異なる形の自明が捏造された社会、人々は今も昔も未来も、すり込まれ続ける、だから今感じている道徳や倫理などというものすら実はただの幻想なのかもしれません、科学や社会の要請に従って形を変え続け僕らに暗示をかけ続ける道徳や倫理、とか。
倫理は移り変わる・・・・・ゲノム、管理、AI,人型ロボット、仮想空間、人間・・・・・生産・・・・・・公平な保育システム、誰がもしくはどのような機関が保育を担うのか、いやいや、いくらでも想像可能ですけど、なんか書きにくい事ばかり浮かんできます。
性愛と生殖の分離とか、原初の人間の欲望の在り方に最先端の科学を覆いかぶせる、科学はインセストタブーすらも乗り越えるのかとか、そんな社会の中でも唯一残るのは、愛。
それはいつの時代も変わらない、独占という愛、執着、生殖と性愛が万が一切り離されたとしたら、次々と誰もが、乗り換え続けるのか、もしくは乗り換え可能だからこそ長く1人を愛する事に価値が与えられるのか。
マッチングサイト、これは年齢に関わらず、高齢になればなるほど独占可能な愛が必要なのかも、その方が寂しくないですしね、いくら科学が進歩したとしても、僕らは最後の最後まで紛らわし続けるしかないという事実だけは変えようがないように思え・・・・・・仮想で溢れ返れば溢れ返るほど実態が恋しくなる、のかどうなのかはその時にならないと分からないのでしょうが。
マッチングサイトは今よりもっともっと様々に工夫され盛隆を極めるとか。
すいません、結局最後までごまかしながら、ありもしない話を勢いで書いてしまいました、ただの空想です。

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