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重戦車状無意識
2018年09月02日 11:36自分が適切に動くには動くための機関が必要、心という概念を排除したその先において。
自分というのは身体と精神で出来ている、精神は無意識と意識で出来ている、心を可視化する時、無意識、自我、超自我とかを用いられたりもしますが、そもそも超自我などというものを感じた事もないですし、自らを律しているのは幼少期において社会性の萌芽として無意識の中心に存在感をもって据えられたファルス、そのファルスが経験と共に屹立性を増す、自らを規定しているのはただ唯一、そのファルスに他ならないように思え。
無意識と意識という概念にしても、今一つ僕にはハッキリとしない、どこまで広がりを持つのかすら定かではない無意識、というのはそれは自分の精神の内と外を明確に隔てているかどうかも定かではない無意識、その無意識は言語で構成されている、今まで自分に入力された全ての、言語で構成されている。
言語、忘れ去られている言葉、記憶を手繰れば想起可能な言葉、今現在自分にもたらされている思考の元となっている最も身近な言葉。
言語は無意識の所有物、自分の無意識がスクリーン上に滲み出させる言葉、そのスクリーン上の言葉を読み取っているだけでしかない、自分の意識。
自分の意識などというものは広大な無意識に比較した時、ごく微細な取るに足らない非力な何かでしかないようにすら思えてしまいます。
無意識の形成物、よく無意識を探るにはその無意識の形成物を分析するのが効果的とも言われる、夢、症状、機知、錯誤。
・・・・・・・・・ああ、思いっ切り話が逸れてしまいました。
話を冒頭に戻すと・・・・・・・・無意識内でただ雑然としている自分に入力された言葉、カオス状でもあるのかもしれない言葉の数々、その言葉はボルトになる、ナットになる、シャフトになる、歯車になる、ベルトや車輪や羽になる、放っておけばただのジャンクでしかないのだけれど、そのジャンクを自分なりの無意識的工夫の元で組み上げて機関を作る、自分に入力された言葉で構成されたオリジナルの機関、その機関を動かす原動機というのは、僕はファルスであって欲しいと思ってはいるのですが、まあそう、そういう訳でもないのでしょう、デジールであったりリビードであったりしてしまうというのはちょっと寂しくもありますけれど、だからいいですどうせ目には見えないものというか単なる概念なのだし、だからファルス、形作られた機関の中心に原動力として据えるのは、自らが作り上げた強力なファルス、という事に今はします。
機関は最初に組み上げられた状態のままで作動し続ける訳ではない、常に組み替えられ続ける、状況に適応する為に古くなった部品(言葉)を廃棄し、より滑らかに作動可能な新たな部品(言葉)に付け替えたり、一旦全てをばらして新たに組み直したり。
そういった過程で使用されなかった部品(言葉)はジャンクとしてそこらに転がっている、臨機応変に機関に追加される事もある。
どんどん形を変え続ける機関、巨大になったり、必要最小限に縮小されたり、機敏になったり重戦車のようになったり。
どんな機関を形作るにしても、良質の部品は沢山あった方がいい、良質の言葉をどんどん入力し続けた方がいい。
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