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Miss rain
2017年12月16日 21:29こういう自分、という明確なヴィジョンがある場合、当然そのヴィジョンに自分は向かってゆくしかない、ただその過程というのは多分、戦いなのかもしれません、目標とか目指すべき将来の像とか理想などという優しい言葉では言い表せないレベルの、たった一人での戦い・・・・・・・・人と違う道を行くという事は戦いでもあるのでしょうから。
何と戦うのか、それは全てと、自分を含めたすべてとの戦い。
だから怖くもあるし、不安にも常に苛まれるし、自分のしている事が正しいのかどうかすら分からなくもなる、気を抜いた瞬間に心細さにも襲われる。
不安や恐怖や迷いと共に在るのが嫌なのであれば、その時はヴィジョンなんか投げだしてしまえばいい、という訳には絶対にいかない中で、常に戦い続ける、もしかしたら無期限の戦いを続ける。
そのヴィジョンを投げだしてしまっては、それはもう自分ではないから。
そうやって一人、精一杯戦っているどこかで思いもよらず、大きな優しさに出会える事もある、道を共にしてくれる者に出会える事だってある、諦めさえしなければ、必ず。
泣きながら歩き続けるその涙は、嬉し涙なのか、安堵の涙なのか、それとも全ての感情が入り混じったなんとも形容しがたい、心の奥底から溢れ出してくる想いなのか。
生きているという、大きな実感、これ以上ない位の大きな、実感。
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