神奈川県藤沢市城南 東海道線沿線のカウンセリングルーム。辻堂駅より国道一号線方面へ徒歩12分。10:30~21:00、年中無休。


記事のアーカイブ

2015年12月19日 19:29

論理的思考

読んだり書いたりする事もそれほど苦ではない、論理的思考をお持ちの方。感情や感覚でのつながりにおもきを置く多くのコミュニティーの中では、ちょっと心地悪く感じる事もあるのかもしれません。なんとなく勢いやその場の空気で決まったような事に対して、理屈で考えてみるとどうも納得いかない、でも、それを言ったってしょうがないし・・・・、みたいなことも。こういうのは家族の中などでも言える事ですかね。論理的思考の方というのは、自分の近くに、やはり同じように論理的に物事を考えるという方がいらっしゃらないと、ちょっときついんじゃないでしょうか。論理的集団の中でならいいんですけどね、そうではなく空気を大切にする中で、ひ

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2015年12月18日 21:58

二者関係

亭主関白みたいなのとはちょっと違うのでしょうが。独占欲の強い人? 自分が相手を所有したいと思う人。所有欲が満たされないと、色々な感情が溢れてきてしまうというのが、たまにきず・・・、なのかもしれませんが、頼りになる人ともいえるのかもしれません。それに対して、そういう人を頼もしく感じて、その人と関係して庇護のもとで満たされたいと思う人。多くの人がどちらか寄りの心性を持っていて、それをバランスよく表現している方もいらっしゃいますし、完全にどちらかを表現している方もいらっしゃいますし、どっちが男でどっちが女という事は実際の性別とは一切関係なく、イメージとしての男性的な人とか女性的な人とかいう感じ。二者

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2015年12月17日 09:00

消費社会を漂い続ける

大型ショッピングモールというのが、どうも居心地が悪く感じる時があります。なにか目的があって行く場合はいいんですけどね、あの、あてもなくブラブラするっていうのがどうも苦手で。僕らの住んでいる社会というのは、消費社会なわけで、となると僕らは常に消費空間に身を置いて日々を生きているともいえるのかもしれません。何でも揃っている、そこだけで生活に必要な全てが賄える位の大型のショッピングモールという消費社会の象徴のような場所に出かけていくという事は、社会の縮図としての消費空間に身を置く事になるのかな。で、そこをあてもなく無目的に、うっすらとした思考の中、ただただブラブラと漂い続ける事が、(消費)社会の中を

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2015年12月15日 21:22

趣味?

趣味というのは、持った方がいいのか、そうでもないのか。趣味を持つのは「ご趣味は?」・・・って今どきお見合いでも聞かないだろうけど、もし「趣味は?」って聞かれたとして「あ~、いや~、特に・・・」というのもかっこ悪いと思うからなのか、余暇は有意義に過ごすべき、という強迫症状なのか、趣味を通じて人とつながる(相互承認)ためなのか。べ~つにいいんじゃないの!!、やりたいことあるんだったらやればいいんだし、疲れちゃってて特にやりたいことないんだったら物思いにふけってたっていいんだし。だいたいが、雑誌の特集とか趣味の講座とか色々あるけど、そういうのは経済システムの一環として周到に用意されてるだけ、みたいな

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2015年12月14日 12:12

きれいごとが無効な時

インサイド・ヘッドの5つの感情、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリ。主人公を救ってくれる感情って、カナシミとイカリだったですかね。司令部の窓の外に貼り付いたヨロコビとカナシミを中に入れるのに役立ったのがイカリだったというのも、実際の人の感情の流れを考えると納得できますね。悲しんでいるピンクのゾウみたいなのに寄り添ったのがカナシミだったように、怒りに打ち震えているものに寄り添うのはイカリなんでしょうかね。僕はこれは経験上否定できないというか、怒りは怒り(冷静な判断を保っている怒り)に寄り添われる事によって、徐々に沈静化していく、と言う場合も多々あると思っています。本来だったら、その怒り

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2015年12月13日 09:27

何の変哲もない日常に思う事

我に返る事、正気に戻る事、それを禁止・拒絶する自分もいます。我に返ったとたんに、自分の過ちを認めたり、自分を追い込んだものに対して大きな憎悪が湧き上がってきたり、自分の時間を失ってしまったのではないだろうかといったような大きな失望や虚しさも湧き上がってきます。でも、我に返らなかったとしたら、その場に留まり続けて自分の大切なものを失い続けるだけの日々が、今も続いてたのかもしれません。怒りと共に振り払い、断ち切る、これからの自分の為に。何の変哲もない日常。朝起きて、家事や仕事して、昼食はあり合わせで軽く済ませ、また家事や仕事や送り迎えや・・・・。休日には、それほど贅沢はせずに、それなりにまったり過

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2015年12月12日 21:43

ほぼ、クリスマスソングとして。

今からの時期、自然と口ずさんでしまう曲。ワムのケアレスウイスパー、古いですね。稲垣潤一さんのクリスマスキャロル・・・、山下達郎さんのクリスマスイブ、佐野元春さんのクリスマスタイムインブルー、ワムのラストクリスマスでもなくケアレスウィスパーみたいです。そして、この曲ほど、口ずさむたびに心にぽっかり穴が空いたように感じてしまう寒~い曲はないのではないでしょうか。だったら口ずさむなって話なんでしょうけど、なんででしょうね、とにかく懐かしいのかな。なんといってもですね、一瞬でフラれましたから、ラジカセでケアレスウイスパー聞いてる時に電話かかってきて「え?はっ?あっ、ちょっ、んっ?」と、たぶん今くらいの

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2015年12月12日 21:41

不気味の谷?

技術が進歩して、ロボットが人間っぽく作られるようになっていくと、人はロボットに対しどんどん好意的になっていくが、それが進むと、ある時点で突然強い嫌悪感に囚われる。人の外見や仕草と見分けがつかなくなるとーー人に近いーーロボットは人にとってーー奇妙ーーに感じられ、親近感を持てない。・・・・不気味の谷と言われるグラフ。人に接していて、これを連想する事があります。当然、日常生活の中でということですが。要求や欲望を携えて接近してきた人物に対して。要求を通したいという事は、装い、全身を緊張させ、こちらの言葉を聞き逃すまいと精神を集中させ、作り笑顔を貼り付かせ、時には無表情に瞳孔を開き、通常の会話における人

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2015年12月11日 09:12

自分らしくありたい自分って?

素の自分でいる事が一番楽で、自分を自然な形で「自然体で」表現しているのか、どうなのか。「自分らしくありたい」という時の自分って、素の自分って事なのでしょうか?リラックスして、いつも笑顔を絶やさずに、優しさに溢れている自分。自分の思った事はハッキリ言える自分。時には敏感に空気読も読むけど、空気自体も作り出せる自分。信念に基づいてやりたいようにやりつつも、人と摩擦を生まない自分。・・・・これは自分の理想とする自分という事ですね、素の自分ではないです。この、こういう自分ならいいのにな、と考えた自分が素(本当)の自分なのかもしれません。僕の素の自分とは、そうですね、その時の気分次第でやりたいこと、やり

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2015年12月10日 09:23

結論の先延ばし

問題を解消しようとして「う~ん、どうしようか」と二人以上で考える時。時間的に直後に決断が迫っている時は別ですけど、そういう訳でもなくて、まだ少し余裕がある時。結論を急がない、というか敢えて先延ばしにする話し方をしてみる。「う~ん、どうしようか」ときて「とりあえず、こんな感じでどう?いいと思うけど」となって、そこで敢えて「そういえば話し違うんだけどさ、このまえさ・・・・」と関係ない話で盛り上がって(一見関係ない話にもより良い解消のヒントはあるかもしれません)「なあ、ほんとウケる~」ってなって「で、さっきの話の続きなんだけどさ・・・」と、戻って「あ、そうだ、じゃ、こんな感じは?」と、今の無駄話に触

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