記事のアーカイブ
2017年02月05日 09:16
ガラムを吸っている人がいて、一本もらいました。タバコ吸われる方にしか分からないとは思いますが、あれはほんと、独特の香りがします、好き嫌いはハッキリ分かれますね。70年代から80年代くらいにかけては、サーフボードにSEX...
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2017年02月04日 09:05
自分の事について一切の虚飾を排して話す、などという事が出来るのか・・・・・・、厳密には絶対に無理なのだろうけれど、とりあえず、できると仮定して、というか、少しでも接近するための方法の一つとして、どうやって話したらいいのか、と考えた場合に。ニュアンス的には、紡ぎ出すでいいのか、手繰り寄せるがいいのか。紡ぎ出す、これはなにか自己愛的な語りに偏ってしまうようにも思います、ポエム的な語り。語られるのを待ち構えている言葉というものが、自分の無意識的な領野に存在するのだとしたら、紡ぎ出すという事は、意識的な操作、聞き手により良い印象を与える為に、意識が、理性が、言葉を選別するイメージ。手繰り寄せる、となる
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2017年02月03日 21:39
生きるという事、自分は生きていると実感する事、これは一つには、社会の中でしか成し得ない、人と関わることなしには実感できない、自分が生きている、という事を認識してもらうには、自分以外の誰かが必要な訳ですから。・・・・・・・・・・僕らは、常に何かに抗い続けながらしか生きる事はできないのでしょうか。その何かと言うのは・・・・・・・・・自分・・・・・そうですね、多分自分に抗い続けながら生きている。なぜ抗う事になってしまうのか、それは、なんだろか、僕らは社会的人間として、自分の置かれている環境の中で生きていて、そこには環境からの要請や要求や期待があって。だからそれを演じ続ける事なしには、役割を遂行する事
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2017年02月02日 09:19
どんなに、美味しいと言われているケーキを食べたとしても、ワンカット1.000円のケーキを食べたとしても、僕にとっては、そのケーキを美味しいと思う以前に、海老名のパティスリー タダシ ヤナギ の味と比べてしまう・・・・・・その結果、タダシ...
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2017年02月02日 09:12
コンピュータやインターネットが発達して情報のやりとりが容易になって、電脳空間というものが発生した、整った。個人間というよりは、もっと大きな社会間とか共同体間で・・・・・・・・・その電脳空間の効果の一つというのは、現実空間と電脳空間を別の領域として並置した時ーーーインターネット以前には現実空間しかなくて、そこに愛や憎しみが混在していた訳ですがーーー見たくないもの、それは人間の嫌な部分やドロドロした部分、それを電脳空間に追いやって、現実空間を綺麗にする、となると、現実空間には美しい人間の理想の像が・・・・諍いや憎悪は電脳空間で表現して、現実空間では自分たちの住んでいる世界の素晴らしさや美しさを、な
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2017年02月01日 18:27
何か問題を解消しようとする時「強くならなくては・・・・・」と僕らは単純に思いがちな訳ですが。適切な強さというのは、なかなか難しいものでもあります、元々の固有性だって関係してくるのでしょうし「自分は強くなんかなれない」と思う人だって、特に悩みを抱えた中ではたくさんいらっしゃいますしね。強い素振り、というのは簡単だったりするのですね「おりゃぁぁっ」ってキレて解離して、テンパッちゃえばいいのですから。でもそれだと無理やり一気に真逆に振る事になってしまいますし、脆さにもつながってしまいます、正気に戻ってしまったらそこでアウト、又、時には勢いに任せておかしな方向へ行かないとも限らない。問題を解消するため
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2017年01月31日 09:04
考える時・理解する時のベースには、現実的な状況に即したなんらかの理論的なものがあった方がいいようにも思っていまして・・・・これは別に小難しいもので在る必要はなくて、普通に読めて普通に理解する事ができるもの。特に、人間の精神の在り様や社会で起きている現象を扱う時の、そういった理論の役割の一つとして「人や現象を理解する為」というのがあるのだと思います。もし理論的なものがなかったとしたら、人それぞれの在り方や考え方や固有性、世の中で起きている現象・・・・それを見聞きした時にただ漠然と「へぇ、そうなんだね~」と思う、それは時には釈然としない想いの中でという事にならざるをえない、場合もあるのかもしれませ
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2017年01月30日 08:19
調子を崩したのちに復職する時というのは、やはり大きな葛藤が、大きな不安が、湧き上がってもきますね。基本的には職場のマニュアルに沿って、という事になるのでしょうが、そしてそれは復職者の立場に立った、復職者の気持ちに寄り添った、きめ細かい対応についてのマニュアルである事には違いないのですが。そのマニュアルに対してクールなイメージを抱いてしまうというのは、やはりそれはマニュアルであるがゆえ、致し方ない事ではあるのですね。情緒的には、どんな声をかけられるのか・・・・・・・Welcomeが過ぎても・・・・なんだし、戻ってきてくれて助かると言われ過ぎても・・・・なんだし、無理しないように少しずつでいいから
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2017年01月29日 21:15
何であれ、社会に用意されている仕事に自ら携わって、自分の力で稼いで生きているのであれば、それは間違いなく立派な事。自分の力で生きているという事実・・・・・それを自分を保つための大きなプライドに。自分の為に頑張っている自分、自分が守るしかないものの為に頑張っている自分、次のステージに上がる為に今の環境で頑張っている自分。どれも間違いなく、立派な自分です。
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2017年01月29日 09:19
濃密な関係の二者間において、お互いの考えを100%伝え合おう、理解・納得し合おうとしても、これはほんと、難しい。文脈の共有、フレームの設定、力関係の無効化、ルールや方程式の確認、記号の意味の相互理解・・・・・・・と考えると、ちょっと厳しいのかな、やっぱり。お互い理性的に、テーブルを挟んで相対して、そのテーブルの上に考えを、一つ一つゆっくりじっくり、提出し合う。その提出された一つ一つに、双方が100%同じ認識をできるようになるまで、次には進まない、疑問はその場で何度でも確認し合う・・・・・あぁ、多分この時点で無理ですねきっと、お互い別の人間ですし。その場では理性で納得したとしても、感情が表出して
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