神奈川県藤沢市城南 東海道線沿線のカウンセリングルーム。辻堂駅より国道一号線方面へ徒歩12分。10:30~21:00、年中無休。


記事のアーカイブ

2017年03月09日 21:42

桜の木に集う人々

もう少し暖かくなってくると、桜の木は忙しくなります。「入学おめでとう」「新社会人おめでとう」「新たな一歩を・・・・・・」「いつの間にか、ここまで来ましたね」「お似合いですね」「ちょっ、ちょっと・・・・ここで吐かないでね」多くの人が、桜の木の下で写真を撮る・・・・・それぞれの想いを桜の木に映し込みながら。桜はその想いを敏感に察知して、見る者に即した表情を優しく差し出してくれるかのようで。クッキリと色鮮やかな桜、優しく包み込むような淡い桜、力強く鼓舞する桜、そっと静かにただ寄り添う桜。 

—————

2017年03月07日 20:58

受け入れるのか 混乱するのか

昔何かで読んだ話なので記憶も曖昧なのですが。小学校に入学して、1+1=2 と教わる、その時、絵に描いたリンゴの絵を見せられて、1個のリンゴと1個のリンゴを足すと・・・・・2個のリンゴになる・・・・・・という事は自明として受け入れればいいのか、どうなのか・・・・・・混乱をきたす。教えられたことを無条件に受け入れるだけではなく、提出された自明と言われるものを、自分の頭で一生懸命理解納得しようとした時、一瞬のズレが生じ混乱を招くのでしょうか、なんかその気持ちは分からないでもない。リンゴ、それは一つ一つが独立した個体であって、形状も色も味も微妙に違うのだろうし、というかまずもって、それ以前に、足すって

—————

2017年03月05日 20:53

野心

社会で勝負する為に、自分の状況に適したノウハウ本やハウツー本を熟読する、独学の場合もあるでしょうし、勉強会に出向くこともあるでしょうし。そこで得た知識を活かして、勝負に勝てるのかどうか・・・・・・本や勉強会というのは、要するに広く一般に開かれている知識である以上、誰もが習得可能なもの。という事は、それを使って勝負しようとした時、相手も同じ知識を習得していたとしたら、自分の優位性がなくなってしまう。得た知識などというものは、もうそれはライバルも習得しているという前提で、相手の行動も可能な限り予測して、より多くの事を自分の想定内に収め、その上で得た知識のその上を行くには、という所を考えた方がいい、

—————

2017年03月04日 09:23

みんなと一緒

自分は世界の一部なのか、というと大袈裟ですね、じゃあ・・・・・自分は自分を取り巻く環境の一部なのか。自分は自分を取り巻く環境の一部であると完璧に思えるのであれば、自分の環境の規律に100%従って、思考を放棄した上でただ生きればいい、自分に与えられた役割を全うする事だけを使命としながら、生き甲斐としながら。環境に組み込まれて、環境を支える仕組みの一部になり切ればいい。その時、自分を殺すとか、自分を抑えるとか、そんな工夫は一切必要はなく、ただ環境の一部として作動し続けている自分に対する、喜びや充実感と共に。・・・・・・こういう状態というのは、僕には全く想像できませんが、たぶん、これはこれで非常に生

—————

2017年03月03日 20:31

プライドを保つ

自分が一応男だからそう思うのか、でももしかしたら「性別に関係なく社会進出を・・・・」という観点に立った場合は、男性的な傾向がある人の場合は特に、という事なのかもしれないですけど。社会に出て、仕事をして、たまには迷ったりしながらもそれを人には悟られないように、なにくわぬ顔でカッコつけて・・・・時には「オレ流」的に、何かを小バカにしながら、付和雷同を笑い飛ばし、スペックを競ったり勝負とか駆け引きとか、自分はまだまだこんなもんじゃないとか、そんな中でプライドと共に・・・・・・まあ、男ですからね、僕はこうあった自分を勿論受け入れていますが。大体40才前位まではこんな感じだったのが、これは年を取ったから

—————

2017年03月01日 09:08

データベースが取りこぼすもの

情動の変化、意識の変容、思考の流れ、様々な意志、想起される想い等々・・・・・・・自分に関して認識できる多くの事。こういったものは、それなりに修練を重ねれば、明確に言語化する事もある程度は可能ですね、ある程度は、だから全てを言語化というのはやはり難しいのでしょうが。それらをデータベース化したとして、だから「自分データベース」のようなものを作ったとして。それは自分の痕跡なのかとか、それは自分の・・・・心と一般的に言われるようなものを表しているのかというと、なんかそれは心ではないし、なんとなく自分でもないようにも思えてしまう。客観視した時点で、それはもう既に自分ではないような、なにか他人事であるかの

—————

2017年02月27日 09:00

「今ここ」と叫ぶ身体

月末の金曜日は早く退社する・・・・・みたいな事が。これはどうしても、大昔にありましたね、たしか「花金」花の金曜日という今振り返って思えば、ちょっと気持ち悪い名称、あれを思い出してしまいます、まさか作為的にもう一度あの勢い任せの散財を高揚感の中で、とか言う事ではないとは思うのですが、まあ何を煽ってるのかなとは思わないでもない。そういえば花金が周知された直後には「花木」花の木曜日とか言うのも登場しましたが、今週もあと金曜日一日頑張れば終わりだから、木曜日はパーっとはじけちゃえ、的な。バブルの頃の話ですよね、こういうの・・・・・・最近はCMでも、お笑いでも、ニュースでも、ちょっとしたカルチャー?でも

—————

2017年02月25日 09:13

指と欲望

世の中、効率が追及されてどんどん便利になってくる。様々なシステムや便利な機械やコンピュータに依存する社会。便利なものを人間が使おうとする時、それがシステムであれば自分がシステムを支える存在として、そのシステムに参入するのだし、機械であれば自分がスイッチを押すのだろうし、コンピュータであれば入力したりEnterキーを押したり。入力やEnterキーというのは、コンピュータが勝手にやってくれる訳ではなくて、そこには人間の意思が必要で、だからコンピュータを操作するという事は、自分というものがコンピュータに接続され、そのコンピュータの機能の一部を担っている、入力しEnterキーを押さなければ作動しないの

—————

2017年02月24日 09:07

くすぶっている想い

100%あきらめてしまえば、その瞬間から暫くは楽になるのかもしれません。逆に言えば、完全に諦めきれないからこそ・・・・・投げだした身振りをしながらも、どこか諦めきれない想いがごくわずかにくすぶっているからこその葛藤でありジレンマ。わずかにくすぶっているものというのは、辛さの素であり、行動の動機であり。自分を100%諦めてしまうというのは、なかなかできる事ではないですし、そしてそんな事をする必要もないのですし。そうだ、諦めると受け入れる、というのも違いますね。

—————

2017年02月21日 17:09

元気を取り戻す為に

人が元気になる為にまず最初に必要な事は、自分の深い想い・・・・それは、やり場のない腹立たしさだったり、孤独や悲しみだったり、時には自分に対するダメ出しだったり、それを何度でも繰り返し、ただ聞いてもらうだけではなくて、親身になって聞いてもらうとか、理解しようと努める態度で接してもらうとか。まず最初に必要というよりは、これだけが大切であり必要なのだと思うのですね。今の時代というのは、共感の時代であったり、相互承認の時代であったりもするのでしょうが、それは一種のギブ&テイクとして成り立っているようなところもあるように思われ。だから、ある程度のルールというか、暗黙の了解や作法のようなものが存在していて

—————