神奈川県藤沢市城南 東海道線沿線のカウンセリングルーム。辻堂駅より国道一号線方面へ徒歩12分。10:30~21:00、年中無休。


記事のアーカイブ

2016年11月18日 21:19

精神的不調

自分の精神的不調について、それが病気のようなものなのか、それとも一時的なものなのか、悪いのは自分なのか、原因は何なのか・・・・・・考えてみてもなかなか自分では答えを見いだせない状態が長く続いている時。そういう時というのは、自分の不調について第三者から断定されるだけでも、ホッとしたりする場合もあるのかもしれませんね。霞がかかった中で、一人、不安と共に在るよりは「あなたの状態は〇〇です、それにはこういう原因が考えられて、こういう方法を試せば良くなると思いますよ」こう断定された方が・・・・・分からない中で不安でいるよりは、原因や希望に目を向けて少しホッとできる場合もあるのかもしれません。そして提示さ

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2016年11月16日 12:52

アドバイスをするということ

人から相談を受けた時、その相談をする人というのはとても悩んで、自分一人でいろいろ考えてみたのだけれど、それでもどうしたらいいのか分からないから相談するのですね。そして相談を受けた方も、その気持ちがよく分かるから、親身になる、一生懸命解決策を考えたり、その人の気持ちに寄り添おうとする。そんな中で、なんらかのアドバイスがなされたとして。そのアドバイスに納得して、それを実行に移すのは本人な訳で、その本人は実行に移す時、とても緊張するでしょうし、失敗したらどうしようと不安にもなるでしょうし、やっぱり一人になった時にもう一度考え直して、今はまだタイミングじゃないかも、と思う事もあるのでしょうし・・・・・

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2016年11月16日 09:07

環境の否定

・・・・・・・・あんまり意味のない、やたらと長いだけの文章を書いてしまいました。昔読んだことがあるのですがーーーヒトはそのままで人間なのではなく、より人間らしくある為には与えられた環境を否定する行動が必要、自然との闘いが必要ーーーこれは、少し特殊な人間の解釈ではあると思うのですが。動物は、それぞれが感覚する環境の中で、それは人間から見れば自然と言われるのもの中で、生まれてきたままの姿で(裸一貫で?)当たり前のように環境に適応しながら生きている、捕食し繁殖し、機能が停止すれば分解されて他の生き物の養分にもなる、土に還るとか言われる場合もありますよね。だから人間から見れば、人間以外の生き物は、自然

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2016年11月13日 21:08

みんなと少し違う自分

みんなと一緒にいる時は、頑張ってなんとか合わせているのだけれど、やっぱり後から疲れる、どうも、みんなと少し価値観とか考え方とかも、違うようにも思う。もしかしたら自分はみんなと少し違うんじゃないのかな、という思いが脳裏をよぎる瞬間もあるかもしれないですね。別にみんなが考えていないという訳ではないけれど、自分もあまり深く考え過ぎたりせずに、みんなみたいに出来れば楽なのかもしれない、とも思えてしまう。じゃあ、逆に考えると、深く考え過ぎないでその場の空気に合わせる事が出来るみんなというのは、どんな価値観とか考え方で行動しているのでしょうね。多分そこには確たる答えというのは無いのかもしれません、しいて意

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2016年11月13日 09:17

ウイルスとの共存?

ちょっと、前回の続きで・・・・・・人間は常にウイルスに感染し続けているからこそ誤作動し続けて、そのウイルスの正体というのは・・・・・・言葉・・・・・・・そして誤作動し続けるという事は、人間らしいという事。じゃあ、その言葉というウイルスがなかったのだとしたなら、思考も芽生えようがないし、知恵も生まれようがないし、もっと言えば、地球上の生き物の中で、人間というのは、かなり弱い生き物なんじゃないだろうか。牙やツノがある訳じゃない、他の生き物を圧倒する筋力や身体性もない、体毛もないから岩でこすっちゃったらすぐケガする・・・・・・・って想像すると、なんか弱すぎてすぐに絶滅しちゃいそう。生き残り、繁殖し、

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2016年11月13日 09:16

ウイルスの正体 言葉との共存

昔、何かの小説で「水の通う回路」という言葉がありまして、その時の文脈からして脳の事を言っているのだろうなとは思ったのですが、人体の70%は水分で・・・・とか言われますし。回路というと、コンピュータを連想してしまいます、と言ってもコンピュータは通常は誤作動しないのでしょうし、当たり前のように感情などというものはないのでしょうし。コンピュータが誤作動する時は、ウイルス感染とか。コンピュータと脳を対比した時、その誤作動の部分が「人間らしさ」という言葉で表現されたりするのでしょうか。コンピュータも、そう、ウイルス感染というのは・・・・・・なんでしょうかこれ、人間の脳が誤作動する時も、もしかしたらそれは

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2016年11月11日 21:42

陰湿や姑息や嘘 薄気味の悪いもの

自分の性格を構成している要素の中で、自分でも嫌っている部分、見たくない部分、これに類似した性格を人に感じた時、その人に対して無性に腹が立ってくる、イライラしてくる。こういうのは「なるべく腹を立てないように気持ちよく生きましょう」的な戒めのような意味合いもあるのかもしれないなあ、などという事を思わないでもない、です。まあ、そういう事がないとは思いませんが、そんなこと以上に重要なのは、それは自分の中にもある自分でも認識したくない想いです、などという説教じみた言及ではなくーーそんなのは人からそう言い切られてしまえば、そんなような気分にもなってきてしまう事だってありますしねーー過去に自分にすっごいイヤ

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2016年11月10日 12:13

人間的な接触

当たり前の事なのですが、最近あらためて強く実感した事。論理的思考が出来る人ほど、情緒的接触を欠かさない方がいいのだと思います。論理的思考ができるという事は、さまざまな事象に対して正当性を適切に認識出来る訳ですから。正当性が認識しているにもかかわらず、そこに情緒的交流がないと、しばらくは我慢が利いたとしても、それは長期にわたって続けられるものでもないですね。いつかは葛藤や不安や緊張の中にある自分というものを否認しきれなくなってしまいます。思考が確立されていて理性的に見える人ほど、適切な、あたたかい人間的な接触を、自分の奥の方では求めているのだと思います。そしてそれは、あまりにも・・・・・間違いな

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2016年11月09日 09:28

幸せの条件の一種

幸せを感じる条件の一種として、身近な人達と心を通わせながら日々を送る、というのがあるそうです・・・・・・身近な人が、自分を批判・評価する事なく、素の自分を受け入れてくれている態度に気が付く事で、自然と感謝が芽生えて・・・・・・云々・・・・・・・・・云々。まあ、言っている事はよく分かります、理想ですよね、これは。こういう言説を耳にした時、自分の置かれている状況によっては「そんなのただの理想じゃん、ていうか、きれいごとだしっ」と思ってしまう事もあるのだと思います。でもそこでこれを理想だと却下してしまうのは、ちょっと惜しいというか・・・・・ヤサグレ気味の時は仕方ないですけどね、そして人は大抵の場合ヤ

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2016年11月06日 09:22

システムの作動

・・・・・・すいません、以下、訳の分からない事を思うままにダラダラ書いてしまいました、またいつか、もっとちゃんと整理して書き直します。関係している者は観察者にはなれないという言葉を、テレビのニュースを見ていて不意に思い出しました。関係するというのは、人間関係のような場合の事を言っているのか、そこでは情緒や情報の交換と言ったコミュニケーションのようなものが発生するのでしょうし、それは、その場所での言っていい事悪い事、規律のようなものも空気として生成されるのでしょうし、また、相互承認の為になされる場合も多いですね。だからその場における人間関係システムのようなものが自然と形成されて言語が循環しだして

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