神奈川県藤沢市城南 東海道線沿線のカウンセリングルーム。辻堂駅より国道一号線方面へ徒歩12分。10:30~21:00、年中無休。


記事のアーカイブ

2016年10月20日 09:19

なりたい自分 なれた自分

積極的に行動して選択肢を広げ、その広がった選択肢の中から常に何か最良と思われるものを選択しつつ「なりたい自分」的なものになる。特に積極的には行動を起こした覚えのない中で、これといって特に大きな選択はせず、そして確実に無理だと判断した事象は迂回しながら状況を自然と歩んでいたら、なんとなく何かを掴み取ったのか、もしくは状況から与えられたのか、それすらもよく分からない中で、なりたい自分というより「なれた自分」と言った方が適切なのかもしれないけど、何者かにいつの間にかなっていて、振り返ってみたら、何気ない選択は何度か経験したような、していないような。なりたい自分、的なものになる事、流れの中で自然と何者

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2016年10月19日 09:16

強さの構成要素

悩んでいる状態というのは、深く思考しても自分で答えを見い出せないでいる時の状態、という事になる場合もあるのかと思いますが。悩むのは面倒だから、思考する事を途中で投げ出してしまうという選択もある中で、そうはせずに思考を続ける粘り強さ。答えがなかなか出ない中でも、自分を引き受け向き合おうとする責任感や我慢強さ、欲求不満耐性の高さ(まあでも、時々は叫びたくなる時もありますよね)。これは、その人の精神的な強さがないとできない事ですから。少しずつ、承認のもと一つ何かを見出せば、もしくは受容できれば、元々持っている強さというのは、大きな自信に変わりますね。「自分は悩んでばっかりで、全然強くなんかない」とい

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2016年10月16日 09:15

優しさと怒り

思うに、ウルトラマンというのは、地球人から見れば勿論正義の味方なのでしょう。しかし怪獣から見れば、ほんっと迷惑な存在でしかないのか、せっかく気持ちよく大暴れしていたのに、いきなりウルトラマンがやってきて自分をボコボコにするという・・・・・「チッ、でたよ、でちゃったよウルトラマン、ほんとうぜ~よ、シュワッチじゃね~つ~のっ」位に思っているのか。ウルトラマンにしてみると、どっちの動機が先にあるのでしょうか・・・・地球人を怪獣から守らなくてはいけないという正義感(でもなんでそんな事思っちゃったの?とか思いますけど)、それとも破壊衝動「ああイラつく、暴れてーっ、なんかこうっ、怪獣とかシバキてーっ」(で

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2016年10月15日 09:03

恋愛状態という卵(らん)

数日前、英語の歌「I LIKE...

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2016年10月12日 09:10

反転しない愛

愛には文字通りの(陽性の)愛と、その文字通りの愛が反転した怒りや憎悪という形の(激烈な感情という名の)愛の二種類がありますね。これは多くの人が経験している事なのでしょうが、陽性の愛を向けていた人を何らかの理由により嫌悪するようになって、喧嘩も絶えなくなってきて、いつの間にか怒りを向けるようになる。陽性の愛がクルッと手の平を返したように陰性の愛に変わる、でも陰性にしても陽性にしても、強いなんらかの執着や感情を向けている事には変わりはないのですね、どちらも愛には変わりはない。思うに、一人の人に陽性の愛だけを向け続けるというのは、可能なのかと考えてみると。条件が整えば可能である、ような気がしなくもな

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2016年10月11日 09:10

文字なのか会話なのか

書かれたものと語りかけられたもの、文字なのか会話なのか。どちらが効果的に作用するのでしょう。啓蒙などという突拍子もない事ではなくて、どちらが受け手の気持を楽にするのか、という程度の話でしかないのですが。テキストや、もしかしたら真剣に書かれている方のブログなんかもそうなのかもしれないですけど、書かれたものというのは、特定の人に届けようという事ではなく、書き手の想いが凝縮されているだけのものでしかない場合もある、のか?誰かに届けようとして書いている場合は別なのかもしれませんが、ああ、でも大差ないのかな、書くという行為は鏡の効果というか、自分を映し出す的に、どうしてもナルシシズムが前衛化してしまうよ

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2016年10月10日 08:49

相談 新たな言葉の入力

何かを自分で決めるというのは、自分で思考して決めるという事なのでしょうけど、その思考のもととなるのは言葉な訳ですね。でも、その言葉というのは元々は自分のものではなかった、というか、人との関わりや会話からであったり、書物からであったり、なんらかの経験や学習からであったり、要は自分の外部からもたらされたものであり、自分の中から成長に伴って自然と生成されたり、遺伝子のスイッチが入る的に無から自分独自の言葉が生み出されたりした訳ではなくて。言葉によって思考する、その言葉というのは、自分と、何か自分以外のものとの関わりを通して、自分にもたらされたもの、だから自分以外のものを使用して(借りて)思考している

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2016年10月09日 09:43

敢えて逆の主張を

採決とか、方向性を決めるとか、集団の中で少なくない数の人が同意する方向性に対して、自分の意見、それも真逆の意見を言えるというのは、かなり勇気がいるというか、なにか堂々としていて立派な事のようにも思えてしまいます。前向きである限り逆の意見というのは貴重だと思うんですよね、仮にその意見が通らなかったにしてもーーというか、まず採用される事はないと思うのですがーー集団が勢いと共に一方向へ突き進み続ける事の歯止めであったり監査的な役割であったり、そういうものを果たす事が出来るのかもしれないですし、まあ、これは成熟した集団においてという事ですが。物事がポジティブフィードバックの作用の中で一方向に突き進んだ

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2016年10月08日 08:52

何度でも立ち返り話す

思っている事を言葉にする。自分の中でまだ明確になっていない、ぼんやりとした観念のようなものを理性によって手繰り寄せながら言葉にする。そして、その言葉を聞いた人が「あなたはこう思っているんですね」と要約・確認のような事をしたとたんに・・・・・・何となく不安になる、焦る、反発したくなる、寂しくなる、相手が刺し向けた言葉に規定され、縛られてしまうようにも感じる、人から聞かされたとたんに自分の本心ではないかのようにも感じる。相手に目を向けると、その相手は自分の事を理解したように考えているかのようで、そして訳知り顔で話を先に進めようとしているかのようでもあり、なにか自分が話した事で自分が決めつけられてし

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2016年10月07日 09:07

時間の経過の外側で

思考が無い状態というのが、永遠を漂っている状態、という事?なんか人工的な癒しの一つのあり方、みたいなイメージも・・・・・・・・いつだったか、こんな事を書いていました。言っている事は分からなくもない、というか自分で書いたんですけど。思考がない状態、言語を排除した状態が、癒しにつながる可能性があるというのは。永遠を漂っていると錯覚できる状態が、癒しにつながる可能性があるというのは。たぶんこれは、同性でも異性でもいいのですが、共感し合っている二者、通底している二者、間違いなく陽性の愛が循環し合っている同性異性は問わない二者が、勿論そこでは精神的には融合しているのでしょうが、それに加えて身体的にも接触

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