記事のアーカイブ
2018年01月08日 17:39
成人の日とか書いたものですから、なんとなく多少はノスタルジックにもなる、ちょっと、片目で薄目で振り返ってみたくもなる、そんな事をしたっていい事はないのは分かっているのですけれど。10代20代30代・・・・・・何かしらの社会的立場を得たとしても、特に感慨深い訳でもなく、達成感や満足を得た覚えもなく、空虚な感覚、虚しい感覚、そこで常に自分につきまとっていたのは、漠然とした、言語化不可能な、輪郭のはっきりしない違和感のようなもの。だから30代までの人生の、その時その時で得たもの、それらは自分の意味ではなかったという事でしかないのだと思います、だからこそ容易く捨て去ってきたのでしょうし。違和感、自分の
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2018年01月07日 18:28
今日、19歳の青年に聞かされて気がついた、明日は成人式、そうなのね、成人の日、いつの頃からか15日ではなくなってしまったので、気にかけていないとただの連休にしか思えないですよね。20歳、ハタチか、良いのか悪いのか、まあいいに決まっているのですが、いいですよね、まだまだ一切芽を出していないのかもしれない、潜在性の塊、刺激によってさまざまに分化生成可能な潜在性の塊。可能性の塊とは言いたくはないです「こういう自分になれる可能性がある・・・・・」という、可能性は即座に確立論に変換される、成功する可能性○○%とか、それは行動しない理由にもつながってしまいますしね、あとそう、ここで言っているのは潜在意識と
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2018年01月07日 10:38
学校教育もそうなのかな、僕はこのあたりは詳しくはないので、その昔は画一的なものを入力され続けた事は、これは僕の昭和の経験からも確かだとは思うのですが、没個性とか言われますがそんなのはだから当たり前。画一の入力、一般論の入力、学習は一般論を元に成される、それはそうなのでしょう、そうしなければ社会に出てから適応し辛い、社会を支配しているからこその一般論、多くの人が共有し、時には渋々と従っている価値観、時々、一般論というのは、ちょっと無理がある理想論にも飛躍する、ただ理想は大切です、理想を思い描かない事には方向を見失ってしまう、どこを目指したらいいのか分からなくもなってしまう、その理想が正しいのかそ
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2018年01月06日 11:33
「自分は自分」と頑張って思おうとする時とか「誰にどう思われたっていい、自分は自分の思うとおりに・・・・・・・」と、強く自分を保って一点を見据え続ける時とか。こういった状態の中で頑張り続ける、緊張の糸を保ち続ける、時々、疲れますね。なぜ疲れるのか・・・・・・それは、常に戦っているから、刺し向けられる様々なネガティブを振り払いながら、自分は自分であろうと戦っているから。自分との闘いという美名のもと自分にムチを打ちまくっている、という事もある。そういう場合ではなくても、人とは違う自分を意識した時、寂しさも感じるし不安にもなる、一人別の次元に存在しているようにも感覚する、周囲から好奇の視線を向けられて
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2018年01月05日 09:55
行動が把握可能な、防犯カメラとか監視カメラとか、あとは個人個人に番号をふって、その個人をデータとして管理するとか。そんな中で自由というのはどこにあるのか、精神と身体で成り立っている僕ら、身体はデータとして、これは行動や嗜好や購入履歴とか納税とか収入、家族構成・・・・・・・もっともっと、なにからなにまで。身体的にはそうやって管理されるとして、そしてそれが安全にもつながるとして、精神というのは、精神、これは思考という事でもいいと思うのですが。身体は管理される、その時思考はどうなるのか、思考の自由というのは。思考の自由、自由に思考するためには、そのベースとなる知識は必要。偉人の伝記とか、よく子供の頃
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2018年01月03日 19:28
投げかけられた言葉は、ただ自分の周りを漂う、その言葉が情緒に乗っていない場合は。情緒に乗っていない言葉、それは単なる情報でしかない、理性とか論理性とか言い表される場合もあるとは思うのですが、だからデータですね。理性による論理的な情報の提示、それは自分に投げかけられた言葉には違いないのですけれど、それが旋律に乗っていない事には、だから情緒を伴っていない事には、ただのデータ、無機的な情報というのは、なかなか心にはしみ込まない。一般的に言われる、提言、提案、アドバイス、これはだから男性性としての論理的である提言、理性優性の提言、それは単なる情報の提示にしかならない場合も多々あります、そしてそれは相手
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2018年01月02日 10:04
不安な気持ちを人に気付かれまいと、その不安を攻撃性に転嫁する人もいる僕は勿論若い頃はこのタイプでした、これは人間の根底をなすものとして、多分原始の時代からなのか、何かに出くわす、それは自分の知らないもの、知らないものは判断のしようがないから不安や恐怖が芽生える、その時の選択は、逃げるか、攻撃するか、これはもう自分を守る為にはどちらかしか選択枝はない訳ですから。まあそんな面倒な屁理屈は今はいいです、時代や環境はどんどん変わっているのですから、もう走査可能なコンテクストすら失っている、ていうか文脈として関係ない、そしてずれずれ。・・・・・・・不安を攻撃性で覆い隠す人と、不安な気持ちがダイレクトに表
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2018年01月01日 10:56
境界例、境界性人格障害、Borderline personality...
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2017年12月31日 19:00
武装している人、知によって武装している人、それは社会で自分を表現する為であったり、強い想いの元自分独自の人生を生きる為であったり、もしかしたら外傷を否認し続けるように戦い続ける為にであったり、自分との闘いである場合もあるでしょうし、同業と、自分は別に意識していないとしても、相手から勝手に同業であると認識される場合もあったりして、そんな時に相手が決してかなわない位の強い武器を・・・・・これは一般的には知、知による武装になる、同業の手の届かない彼方に存在する自分。そうやって戦い続けている人というのは非常に美しいし、感嘆と共に魅入るしかない。ああ、あともう一つありました、病んでる人も美しい、これはも
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2017年12月31日 10:25
食べもの屋さんで非常に強い香水の香りが、ココナッツ、あれはジャンヌアルティスのセクシーココナッツの香りだったと思うのですが、その香水を、まあ、つけ過ぎではあるようにも感じたので、その小さな子供を連れた二人の女性の近くに座っていた人達は顔をしかめていた事は確かですけれど。僕はその女性たちがとてもカワイらしく感じました。性器的欲望の文脈を敢えて逸脱した時、カワイイとは何なのか。多くの場合、性器的欲望にかられて男性側から発せられますね「カワイイね」と。その欲望の外側ですら認識可能な、可愛い。強すぎる香水、完璧に仕上げた濃い目の化粧、そして自分を可愛く装飾する事が可能な衣服・・・・・・何故それらで自分
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