記事のアーカイブ
2016年07月14日 09:14
テレビで若い方へのインタビュー等で、社会についてとか、親についてとか、今回の社会体験的授業についてとか、お金についてとか、まあ、質問は何でもいいのですが。何かをインタビュアーに質問された時に、かなりの確率で理想的な素晴らしい答えが返ってきているように思います。もしかしたら編集でそうしているのかもしれませんが・・・・だとしても僕の若い頃には考えつかないような「おぉ、考えてるね~、しっかりしてる、すごい」と思うような解答を聞かせてもらえます。僕らの頃は口を開けば「っせーなぁ」「だりーなぁ」「むかつく」なんかこれ以外の言葉ってしゃべってた記憶すらないといったようなね。テレビで放送されている、若い人達
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2016年07月13日 08:36
悲観主義に傾き過ぎることなく、ある程度は楽観的でいるという事も大切なような気もします。心配は心配を増幅させますし、不安は不安を増幅させますしね。で、そのある程度楽観的でいる事というのは、どうすればできるのかというと、どうなんでしょうね。安定した拠り所がある事とか常に支持的に接してくれる存在が近くにいる事・・・これは不安の解消や自分を確認する事に役立ちますね、あとは、笑い合える関係性、適切なプライド、生活に中にユーモアの要素を取り入れる事・・・・・とまあ、そう考えてゆくと、多くの事が人との関係性の中で成り立つ事なのだと思いますし、これは又ストレス耐性の下地となるものでもあるのでしょうね。考えてみ
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2016年07月11日 22:23
自分の事について「どうして自分は・・・・」と一人で考えてもなかなか答えが出ない時、さまざまな情報を検索しますね。そしてそこには、今の自分の状態に近いと感じる例が載っていたりもして、何故その状態になるかという原因なども記載されていたりします。そしてそこに書かれているのは、とても深い、今となっては取り返しようのない昔の経験であったりする場合もあるのだと思います。それを読んだことによって、自分の状態の原因が理解で来たように感じで、問題を解消する為に前向きになれたり、原因が突き止められたという意味で、少し腑に落ちたように感じられるのであれば、それでいいのかもしれませんが。もしそれによって新たな葛藤が芽
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2016年07月10日 09:07
人は、単なる生命体として誕生して。依存対象との一体感の中で心地よいひとときを過ごし。いつしか「これが自分」であるという意識が芽生え。高揚感や万能感の中で戯れつつ、ファンタスティックな理想像を見出す一時期を経て。他人と接する事で、自分たちは誰しも万能ではないことを思い知らされ、現実的な理想を追うようになる。「安心感の中で漂い、自分は確かに愛されているという実感を得て、庇護のもと何でもできそうな気分に浸り、その後依存対象以外と交流する中で挫折を含めた(なんでも思い通りになる訳ではないという)経験を重ね、人は万能ではないことを学び、これを受け入れた上で現実的な目標に向かう」子供の頃は、これを何度でも
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2016年07月07日 09:53
自分を取り巻いていた環境の中で、自分が経験させられるしかなかった辛い出来事を、割と一般的な環境にいた人に話す。一般的な環境にいた人にしてみると、その聞かされたリアルというのは、ドラマや本や映画の世界で見聞きした事しかないリアルのようにも思えて。それでも、親身になってアドバイスしてくれたり、共感しようとしてくれたりするのですが、そしてそれはとても有り難いことなのですが、どうしても、性善説に基づいた聞き覚えのある正論のようにも感じてしまう。経験の度合い、過去の環境の違い、これは埋められない溝になる事もあります。話せば話すほど、孤独や寂しさに襲われる事もあるかもしれません、しかし、親身になってくれて
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2016年07月07日 09:24
うちの周りは、夜は戦闘機さえ飛ばなければかなり静かです。窓を開けて外気を漂わせつつ、電気を消して、聞こえてくるのは遠くからの車の音だけ、明りは月明かり・・・と言いたいところですがうっすらとした道路脇の外套の明り。何の攻撃性もない静寂な薄明りの中、何の思考も持たず脱力していると、いつの間にか身体を忘れ、漂う精神だけの存在になったかのように感じ、なんだろうこれは・・・・徐々に自分で室内が満たされてゆくというか、精神が室内に拡散してゆくというか、でもそんなに嫌な感覚ではなくて、なにかを洗い流してくれるような、否定的ではないすっきりとした感情に満たされてゆくようにも思え、そう、なんかたまには悪くない感
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2016年07月06日 09:16
・・・・・ちょっと、先日思った事を書きます。分析や解釈をして、原因をしっかり把握した上で、新たな行動を起こす。こういう流れもいいのだと思いますが、なにもこれだけが全てではない、ように思いますーー解釈だって仮説の一つですから、いくらだってありますしねーー。どういった理論を使うのかにもよるのでしょうが・・・・・・分析っぽい事というのは、一つ間違えると相手の精神を暴力的に解剖する事にもつながってしまう。解釈っぽい事というのは、一つ間違えると相手にレッテルを貼る事にもつながってしまう。そう考えた時、解剖されてレッテルを張られた挙句に、さあ新たな考え方を取り入れて、これを治しましょう、あれも治しましょう
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2016年07月05日 09:08
男性の方が?男の方が?これはなんて言ったらいいでしょうか、まあ、男の方が甘えたかったりする、みたいな話は、どうもある程度は事実らしい、みたいな事なのですが。実感でしかないんですけどね。頑張っている女性・しっかりした女性を見ると、頼りたくなる、甘えたくなる、それも子供のように・・・・・・そして、そうしさせてもらっているうちにまたシャキッとしてくるのでしょうが。だから多くの女性にとっては、理解不能なめんどくさい存在なのかもしれませんね、こういう習性は。子供の頃、母親に甘えた経験を再現しているのか、逆に甘え足りなかった部分を補おうとしているのか。とにかく、甘えているその瞬間は、その人は満たされている
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2016年07月04日 22:20
多くの場合、より良い解決策というのは、対話を重ねてゆく中でその場に生成された空気感によって必然的にもたらされるものであるようにも思います。テンポのいい対話、気の抜けた対話、理論に則した対話、笑いの要素を含んだリラックスできる対話、時にはぐだぐだの対話・・・・・そういった対話がその場の空気を産み出し、その産み出された空気の中に新たな言葉が提出され、その新たな言葉が空気を再生成し、それを繰り返してゆく中でアイデアが産まれ、それがより良い解決策をもたらす。ーー客観的に見ると、まんがのセリフの吹き出しが無限に重なってゆくイメージなのかな、と思いますーー何一つ否定・断定する事なく、なにものにも規定されな
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2016年07月02日 21:25
今日テレビでNOKKOが歌っていました、久しぶりに聞きましたが。NOKKOさん、玉置浩二さん、JUJUさん、堂本剛さん、OOJAさん、この方々の歌声というか、発する音に、僕は引きつけられます。歌詞や意味やメロディという事は二の次で、とにかく、なんでしょうか、声帯から発せられる強度のある音に魅了される、という事なのだと思いますが、歌詞の意味とかではなくて音として美しいといったような。何かを解除して、心の底から湧き上がってくるに任せた音・・・・・という僕の個人的な解釈なのですが、ってこれじゃあ説明になっていないですよね。
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