記事のアーカイブ
2016年05月27日 22:24
この間の下校途中の小学生の会話「コンポンテキ・・・」の時にちょっだけ思いました。「知=快」みたいなのって言うのは、僕も少し経験した事があるというか。知らなかった事を知る快感とか、理解できなかった事が理解できた瞬間に伴う快感とか・・・・「あぁっ、そうだったのかっ」と腑に落ちた瞬間なども含まれると思うんですけど、こういうのは博識な人の傍で、その人から色々な話を聞きだしたいという思いにも通じるような感覚でもあって。「知=快=博識者に対する尊敬や執着=その執着とは愛にも通じるような」ーー愛とは執着ですしね、でもそこにはポジティブとネガティブがありますねーーとまあ、こんなイメージで、書物を通してでもいい
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2016年05月26日 09:39
大人と言うのはどうすればなれるのか、と真面目に思案してみた時。わ、わからん、わからんです・・・・・・。どうなのかな、一人でいる時は、なんというか年齢を意識しないただの一人のボーっとした人間でいて、というか「素の個」でいて、人と接触する瞬間に必要があれば大人を演じるということなのか、あぁ、多分昔の人も大人を演じていたのだとすると、僕らの世代位になってしまうと、演じるというより瞬間芸的にフリをする、というような感覚なのかな、う~ん、なるほど瞬間芸ね、なんか自分で書いていて妙に納得してしまいますが、それは器用さにもつながりますね、僕らは器用な人達なのかね。子供の文化・若者の文化・大人の文化、こんなよ
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2016年05月25日 09:34
誰だって大きな衝撃に耐えられずに弱る時があります。そして自分で自分を支え切れなくなる場合も。そういう時に、回復するまで誰かに支えてもらいながらご自身を修復するのを手伝ってもらう事、また立ち上がれるまで寄り添ってもらう事。これは決して依存ではありません、必要な、当たり前の事です、。またご自分で歩きだすまでの一時的な支えというのは、誰だって必要な時があります。また自分の足で歩き出したいという前向きな気持ちである限り、それは依存ではありません。
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2016年05月24日 21:49
ZERO. 指示されたことを、指示されたとおりに、淡々とこなす段階。Ⅰ.ZEROで認められたことによって、ZEROで指示されたことを、指示を待たずに率先して行う段階。Ⅱ、Ⅰで褒められたことによって、作業速度が上がる段階。Ⅲ、Ⅱで称賛されたことによって、創意工夫や独自の改良や新たな創出が行われる段階。Ⅳ.-------。ちょっとパロディっぽいですけど、珍しく考えながら書いていたらこんな感じになってしまいました。通常はZEROから順番にⅢまで移行してゆくのかなと思います。でも、移行するには条件が必要で、それは、認められる事、褒められる事、称賛される事、そういった精神的報酬。ZEROで指示通りにこな
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2016年05月23日 09:43
昨日ブログ書いている時に、ふと気がつきました。昨日は万華鏡がキーワードだったようです、日中もそんな話をしたんで、昨日は万華鏡日和だったのかな。。希望を見据える時、キラキラとした万華鏡の世界が想起される。そしてその万華鏡のキラキラした世界というのは、自由で今を生きていて自分が大切という事にリンクしている。というようなこっぱずかしい事を書いていましたね。という事は、自由を実感して、今を生きていて、そんな自分が大切だと思えた時に、キラキラとした希望を見据えることが出来る、みたいな話にもなってくるんじゃないのかな、とも思うんですけどね。うん、まあ、そうなんでしょうね、自由じゃないと希望を見出すことなん
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2016年05月22日 19:59
万華鏡かぁ、そうですね、万華鏡・・・・・・。子供の頃、よくのぞいていたような記憶があります。祖母が持っていたのかな、まああれは覗いているときれいなんでね、だいたい物心ついた位から、ちょくちょく覗いてた、グルグルまわしながら。万華鏡に限らず、なんとなく綺麗なものを見ていたいような時期って、あったように思います。ビー玉やおはじきを光に透かしてとか、貝殻の内側のキラキラした部分とか、折り紙で綺麗な色の水作ってベランダに並べて眺めるとか。そういったキラキラを見て、なにを思っていたんでしょうかね。大人の視点で美化して言えば、未来に希望を見据えていたとか、自分の無限の可能性に想いを馳せていたとか、そんなよ
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2016年05月22日 15:34
一人で頑張るしかない、少し孤独や不安が押し寄せてくる時もあるけど、なんとか振り払いながら。出来るやつという評価を下げたくないから、自分でやるしかないから、カッコ悪いところは見せたくないから、野心や理想があるから、慕われ続ける自分でありたいから、応え続けたいから、そうする事が自分の証だから、意地があるから、応え続ける以外にないから・・・・・・まだまだ沢山の理由がありますね。そうやって強く自分を保てるというのは、本当に素晴らしいことです、なかなかできない事ですよね。そのまま、走り続けられればそれが一番ですし、勿論そうできるのだと思います、強くあると決めている方なのですから、一人でも自分を強く保ち続
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2016年05月21日 20:36
「頑張る」というのは、なにか手にしたいもの(欲望の矛先)があって、それを手にするには今の自分のままではまだ無理で、努力や精進のようなものが必要。それは想像してみると、少し苦しい過程でもあるのかもしれないけれど、自分としてはどうしても手にしたいものであるから、その為には努力や精進を惜しまない。屁理屈を述べてみると、頑張るの内訳というのは、こんなような意味もあったりするのでしょうか。手にしたいと強く思えば思うほど、頑張れたりするんですかね、通常は。だから、そうか、漠然と「頑張りま~すぅ」と思っているだけだと、やっぱり折れやすかったりするのかね。欲望したものは、できるなら今すぐ手に入れたいと誰だって
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2016年05月21日 09:36
「彼女を守ってあげたい、支えてあげたい、いつでも応えてあげていたい」もちろん、頼もしく男らしいらしいことですし、そういった素晴らしい経験を通じて、ご自身も大きく逞しくなってゆくのでしょうね。通常の場合はそうです、しかし、もしそこに違和感とはいかないまでも、なにかちょっと引っかかるようなものを感じているのだとしたなら。・・・・・精査という言葉も最近よく聞きますね。少し動悸や頭痛がする時や頻脈がある、胸や腹部がざわざわするように感じる、関係性の中で安堵と緊張を繰り返す、イライラする瞬間やぼーっとする瞬間がある、感情の波が以前より大きくなった、原因のはっきりしない不安を感じてじっとしていられなくなる
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2016年05月20日 12:31
常に単一の主体であろうと努力し、自分はどう考えるか、自分はどうしたいか、自問自答、内省を欠かさない。全ての自分の行動や思考が見えている訳ですから、大きな苦悩の中、時には感情の起伏も伴いつつ語る事もあります、大きな葛藤や自己分析や内省と共に、時には俯瞰的立場をとりつつ。ーーここでなされるのは、論理付け等による咀嚼・納得・安堵・勇気、こういった事のように思いますーー日々晒され続ける負荷からの心的な防衛として、心の中の一部分に部屋を作り、その部屋の中に住まわせた自分の代理人?解離した人格まではいかないまでも、それに準ずるような強めのキャラ?なにかこういったような一つの人格のようなものに日々の負荷に対
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