記事のアーカイブ
2016年03月18日 20:23
今自分を規定している枠組みに窮屈さを感じていたとして。ただそれを取り払ってしまえば、自由に、身軽になれるのかというと、瞬間的にはスッキリしたように感じる事はできると思いますが、すこし長いスパンでみると、必ずしもそうとも言えないのだと思います。枠組みとは自分の意識の輪郭だとも言えるように思います、いくら窮屈だと感じているのだとしても、こうあるべき自分、というのもそうでしょうか。もっと言えば、自分の意識の形に合っていないからこその窮屈な訳ですね。で、いくら窮屈だからといって、その枠組みをいきなり取り払ってしまう事は、自分の意識の輪郭を保つ事が難しくなってしまう事にもつながるんじゃないでしょうか、輪
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2016年03月16日 21:18
「自分もそう悪くないかもな」と思えるようになってもらうには。褒められる事、というか認められる事、いいものはいいと適正な評価を受ける事。で、それを素直に受け取ること。この素直に受け取る、というのがなかなか難しい。自分を批判・否定し、理不尽な評価を下そうとする人ばかりではないのかもしれないという事を、まずは少しずつ実感してもらいながら、ですね。
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2016年03月13日 09:30
そうですね、なぜ365日、こうやって文章を書くのか?まあ、自然に出てくることをスルッと書いているだけなんで、全然苦ではないんですが。たぶんこれは、来てくれている人が読んでくれているかな、と僕が勝手な想定をして書いているんだと思います、というちょっとイタイ自分をを演出しつつ。でもそれは、勇気づけようとか、励まそうとか、そういったおこがましさからではなくて。書く事によって「はい、今日も相変わらずこうしてここにいますぅ~」くらいの意味合いなんだと思います。なんていうか、次回までまだ間がある中で、日常でつまずく事があっても、凹み過ぎないように、少しでも「あ~っ、あの人は相変わらずだなぁ」って思ってもら
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2016年03月11日 20:36
本来は拠り所とし合う夫婦や彼氏彼女という関係の中で、拠り所としての機能が上手く働かないという事もありますね、不本意ながらも。イライラして、不満も溜めて、どうにもならないようにも感じて、鎧を纏って、少しずつ本来的な自分とかけ離れていってしまいます。そして知らず知らずのうちに、その二者関係の中でのみ発現していた鎧を纏った自分が、その他の環境の中にも浸潤していってしまう。その結果、本来のその人とは違う、硬質なイメージが周囲に固定されてゆくという事もあります。パートナーに対して向けていた本来の欲望とは、自然体のお互いを受け入れあう事であったり、愛情や優しさを注ぎ合う事であったり。覆い隠している硬質の鎧
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2016年03月10日 09:34
変な事をふと思いました。自分の所有する自動車の事を「愛車」と表現したりもしますよね。愛着があるからなのでしょうが。その愛着はどこから芽生えるのか?高額なローンを組んで数ある車種の中から憧れの一台を選択して、嬉しくて、洗車してワックスかけて、その車を操縦・運転して、あちこちドライブして。と考えると、確かに愛着が湧きますね、そうですこれは「愛車」ですよね。やっぱり、自らが運転するとか、操作するという一体感を通じて、どんどん自分の一部のようにも感じて愛着も深まるのかな、車に限らずともお気に入りの物との一体感は愛着・愛情を生むような気がします。近い将来、自動車が全て自動運転化された時。高額なローンを組
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2016年03月09日 15:47
高い倫理観のもとで、明るく優しく楽しく親切で勤勉。こういう自分を自然に表現し続けているつもりの中で、あまりにも頑張りすぎてしまって、なんとなく少し苦しくなってきた時。ーーでもそれは、躾とか生育環境の中で徐々に形成されてきた事なのでしょうし、勿論長所な訳で、自分の意識では当然それは自然に表現しているという理解になるのだと思いますがーーだから、苦しく感じるという事は、もしかしたら心の奥の方では「・・・・なにもそこまで」という想いが主張しているのかな。でも、やっぱりその心の奥の主張を認めてしまうという事は、冒頭の自分ではいられなくなってしまうので、その気持ちには気付かないようにする。今、周りから受け
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2016年03月08日 09:08
誰もが「安心」を探し求め続けます。僕らの根底にあるのは「不安」だから。そして、時に「安心」を手にして、ホッとする事のできる時間を持てる幸運にも恵まれます。でも、それはほんのつかの間でもあり、またすぐに「不安」が再生され、何度でも確認したくなります。それを防ぐには、自分が「安定」するしかないのでしょうけど。「安定」する為にはどうしたらいいのかな。・・・・自立とか受け入れるとか。なんとか「安定」気味の、自立した者同士の良好な関係性の中で「安心」を得ることが出来れば、それは「安定」のより一層の強化につながる可能性がありますね。「不安」「安心」「安定」、これって一連なのかな。であれば、受け入れるという
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2016年03月07日 12:34
今日のような冷たい雨がシトシトと降り続く日にはカーテンを開けてうす曇りの空をあたたかな部屋に招き入れ懐かしさを引き寄せる香りに包まれながら降り続く雨に優しい旋律をのせてみるのもいいかもしれませんリストの ため息 愛の夢 ラ・カンパネラ・・・・・目を閉じて湧き上がる想いに心地よさを感じているその時暖かさに彩られた花々がうっすらと浮かび上がってくるかもしれません
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2016年03月06日 12:38
お互いがキャラを上手く演じ合えている時ほど、そこからはどんどん人間的な奥行きが喪失してゆくように感じる場合があります。ーーその語られる言葉に、なんの深淵さもないかのように、というかそんな深みは必要ないのかなーー複数人が顔を合わせ、コミュニケーションが開始される瞬間に、映画のスクリーンのようなものがその場に設定されて、お互いの生身は、時には本来の感情を排して、そのスクリーンにキャラを映し出すだけの役割に退く。そして自分のキャラをスクリーンに投影する事に一生懸命になる。スクリーン上には奥行きはないですもんね、フラットです、だからキャラには一切奥行きや人間的な深みを感じない場合があるのか。条件反射的
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2016年03月06日 09:28
何をしゃべっても、自分がどうでもいいつまらない事を口にしようとしているかのように感じてしまう。言葉を発する傍から虚しさに包まれてしまう。しゃべろうとした言葉を、寸前の所で飲み込んでしまう。多分ひとつには、こういう時は、自分の欲望をベールに包んで表現し続ける事に嫌気が差してきている時なのかな、と思います。ほんとは直球勝負でドッカ~ンと本心をしゃべっちゃいたいんでしょうけど、ちょっとそれもイタい感じだし、ドン引き確実だろうし、そうなるとプライドも傷つくし・・・・・みたいな思いもあるかもしれませんね。
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