記事のアーカイブ
2016年01月29日 20:59
白い空からわずかににじみだす光が静寂な室内へ締め切った窓の向こうから侵入してくる雨音に耳を傾ける優しくシトシト降り続く雨音に想起される 孤立土砂降りの激しい雨音に想起される 友情怒り狂う雷鳴に想起される 安堵 やすらぎ 抱擁そして雨上がりに想起される 覚悟 不安 孤独人の心は、不思議なものです。優しい雨なら優しさ、激しい雨や雷鳴なら恐怖、という訳ではないようです。
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2016年01月29日 07:24
自信について書いて、思ったことがあります。今の自分は「決して自信を持ってはいけない」という事。ちょっと湾曲した表現ですが、自信を持たなくては行動できないという事実を認めた上で、その自身の先にある有害なものを常に意識しておく、という意味です。仕事柄、自信は過信や慢心につながり、そして万能感を経由して支配欲や操作欲に行きついてしまう危険があると思っていまして。一対一の関係の中でなので、そういう心持ちに陥ることは案外容易いのかなと。だから、常に意識して自信という言葉を自分の中から排除して、内省と共に在るべきなのだと。相手の妄信を引きだす事が目的ではない訳ですし、それは言うまでもなく当然の事なのですが
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2016年01月28日 21:03
初対面、顔を突き合わせて話す時に。身体の後ろに精神が見え隠れする。身体を押しのけて精神が前衛化してくる。この2つの場合があるのかな、なんて事をチラッと思いました。対面した時、まずはお互い(服装や雰囲気を含む)身体を想像的に観察し合い、何かしらの感情を抱きますね。優しそう、キレイ、気難しそう、頼りになりそう、怖そう、チョットいいかも、や~んやば~いぃ・・・・1人変わった人が混ざっておりますが、まあ、他にもいろいろと。そのイメージのフレームのまま、コミュニケーションが開始されるのでしょうか。相手が自分に対してどういうイメージを抱いたか予測して、もしそれがいいイメージであるように感じた場合はそのイメ
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2016年01月28日 21:02
「自信がない」という言葉を発する時、その言葉は「失敗したらかっこ悪いし、傷つくかも、100%成功する自信ないし、だからやめておいたほうが」に変換できる場合もあるでしょうか、あと、思考と行動のバランスという見方も。もちろん、なにか行動を起こすという事は、そこで結果を出すために成されるわけではあるんですけどね。あまり結果にこだわりすぎてしまうと、それは負のプレッシャーにもなってしまいますし。ーー特に、失敗したかっこ悪い自分、というところに意識がいってしまうと、どんどんスパイラルに嵌まり込んでもしまいますーー チャレンジする前に何度か練習できる事ならそれに越した事もないんでしょうけどね。ベ
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2016年01月27日 09:15
「現時点で人から認識されている自分の性格」というものが、本来の自分の性格とは決して言い切れない場合も、ないこともないのかな、と、ちょっと・・・、いつにも増して歯切れが悪いですが。「あの人はこういう人」と、コミュニティでも職場でも友人関係でも、そしてもちろん親からも、言われ続けて「あぁ、そう思われてるんだ~」が、いつの間にか「あぁ、自分ってそういう性格なんだ~」に変換されて、それを受け入れる、もしくは抗い続ける。きっかけは、もしかしたら、各共同体の一員になりたての頃に発した、何気ない一言であったり、ちょっと気を抜いていた瞬間に投げかけられた言葉に対する、自分がとったリアクションであったり。その時
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2016年01月27日 09:11
自分を変えたい、と思って行動を起こす。 読書・セミナー・自己啓発・各種講座・心理療法、ご自分に合った方法でいろいろに努力されます、それは素晴らしいことですし尊敬に値する事だと思います。自分を変えたい、という事は、自分に対する評価を変えたいと言い換える事ができる場合もあるように思います、勿論全ての事象に当てはまる訳ではないのですが。 自分に対する現在の評価に物足りなさを感じ、自分に不足していると感じているものや新たなものを取り入れて、今以上のもしくは今とは違った評価を得たい。これ逆に考えると、今までになかった評価をされる事で、自分に自信がついて、その結果徐々に自然と自分が変わ
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2016年01月26日 09:27
今の時期は、寒いですね、まぁ~、とにかく寒い。身体的な寒さというのは、勿論外に出た方が実感しやすいですが。精神的な寒さに関しては、家で一人でいる時の方が感じやすいのかな。窓から外をのぞたりして「あ~、寒そう」とか思うと、とたんに今一人で家にいる事に意識が及んで、精神的な寒さを呼び込んでもしまいます。ただこれ、不思議なもので、お客さんが来た瞬時に(まあ、外で人と会ってという事でもいいのですが)寒さが和らいでしまう、というか、なんとなく暖かくなってくる、人と情緒的な交流をしだしたとたんに、という事ですね。この現象は、普段から身近にいる家族との間ででも、可能な事は可能なのですが。より効果的なのは、他
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2016年01月25日 09:37
自分の精神状態や、抱えている具体的な問題の改善に、自分以外の外部の力を選択するというのは、今の時代とても自然な事ですね。占い、スピリチュアル、自己啓発、セミナー、来談者中心療法を始めとするさまざまな心理療法、僕らのような相互対話を中心としたカウンセリング、他にも色々、たくさんのものがあるのでしょう。どれを選択するかというのは、やはりその方の個性に合致したもの、という事になるのかな。そんな中でも、カウンセリングというのは、1対1だし、どんなカウンセラーか分からないから不安だし、選択肢から外される事も多いのだと思います。言ってみれば僕らのようなカウンセリングというものを選択していただけるのは、やは
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2016年01月24日 20:59
アイデアが湧くという現象は、フッと顔をのぞかせた思考の片りんを、崩さないように、絡ませないように、意識の中に手繰り寄せるといった行為を通過する事によって成立してようにも感じています。これがじっと座って思案していても、僕の場合はなかなかうまくいきません。一休さんの問答みたいなポーズで考えた事もあるんですけど、まったくもって、なにも浮かんでこない。外に出て、新鮮な外気の中、片隅に問題を追いやり、意識のスクリーンに浮かび上がっては消え去ってゆく、とりとめのない映像を移ろいゆくままに眺めつつ、思考の緊張と弛緩をくり返しながら、空気を構成している成分や日差しの眩しさを感じるまま体を動かしていると、ふっと
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2016年01月23日 09:21
常に自分を客観的に見れるような視点を確保しておくというのは、多分とても大事な事なのでしょう。これはどうなんだろう、現在の社会の中で生きている、僕らにも、やっぱり当てはまったりする事なのか?多分そうなのでしょうね、成長を使命とみなす場合は、特に。常に俯瞰する態度がとれ、内省を欠かさず、目標を見据えて、足りない部分は常に学習して・・・・。ストイックと言う事とも違って、昔はこういうのが理想的なモデルとされていたりしたのでしょうか。そうねぇ、こうあった方がいいのかな、ある程度。で、それに疲れちゃったときには「でへへへぇ~っ」って息抜きして。時には、理性での監視は続けつつも、ある程度は感情に任せて遊べる
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